【TOPICS Vol.2】長球会(長良高等学校野球部OB会)オフィシャルサイト

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TOPICS

このページは長良高校野球部に関連したエピソード等、OB会員の皆様から寄せられた情報を掲載しています。こんな伝説、あんな事件…、新たな記事の情報をご提供ください。⇒記入ページからどうぞ!(別ウインドウが開きます)
ダービー
30期代のOBにはお馴染みの「ダービー」。誰が思いついたかは定かでないですが、1年生はダービーと称する試練を先輩から与えていただきました。雄総や松籟団地といったランニングコースを先輩からお示しいただいた目標タイムで走り、全員がクリアしないと(1人だけが早くても1人だけが遅くても)いけないといったルールで、クリアするまで延々と続きます。当時は先輩が鬼に見え、時には仲間同士で罵声が飛び交いましたが、振り返るとダービーのおかげで同期の絆が一層深まり、今では試合以上の強烈な思い出の1つです。
スパイ
甲子園を目指し長良高校野球部に入部する1年生は、現在と異なり3月から練習に参加することができた時代がありました。昭和55年頃から数年に渡り、こんなイタズラが展開されました。3月に1学年上の上級生が新1年生になりすまし、新1年生と同じ練習メニューをこなし、着替えや昼食も共にします。てっきり同級生と思い込んだ新1年生に対し上級生の悪口を振り、そうとは知らない新1年生はその悪口に応える、これを後で上級生へ密告するといった構図です。4月に入りクラス編成がされますが、そのうち1名はどこにもおらず、探すと他の先輩と一緒に廊下を歩いている…、新1年生の顔が青ざめる最高のドッキリ企画でした。
バッテリーの気性 36期 高橋直仁・川出貴康
ピッチャーはガンコ亭主、キャッチャーは夫を支える女房、バッテリーは夫婦に例えられますが、36期の高橋投手と川出捕手の性格は真逆(今の時代では普通?)でした。コースが甘く痛打されると川出捕手は悔しさを露わにし、試合中にも関わらず高橋投手に怒鳴る、高橋投手はマウンド上でメソメソし始め野手が慰めるといった光景は1度や2度ではありません。しかしこの高橋投手、当時は岐阜県ナンバー1の投手と騒がれ、近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ)から本校にスカウトが視察するほどの逸材でした。
結婚式の祝砲
昭和58年11月3日は福井雅一監督の結婚式。当日は享栄高校(夏の甲子園・愛知県代表校)と練習試合が組まれていたため、監督代行として中村俊彦コーチ(34期)が指揮を執られました。この試合で2番・小池が野球部全員の思いをのせ、(珍しく)逆転3ランホームランを放ち、グラウンドから福井監督のご結婚を皆でお祝いしました。
甲子園に連れてって!
お守りの画像 いつの時代から始まったのか、夏の大会前になると、必勝を期して千羽鶴が折られ、決戦のベンチに持ち込まれるようになりました。平成13年の夏の大会前、女子マネージャーの栗本さん・正村さんは、千羽鶴の他に、ベンチ入りできなかった選手を含む全員に手作りのお守りを手渡しました。これ以降、3年生の女子マネージャーの伝統として「私(達)を甲子園に連れてって」という願いを込めたお守りの製作および授与は受け継がれています。ちなみにこのお守り、その年ごとにデザインは異なり、場合によっては冬のうちから準備が始まることもあるとか…。甲子園への思いは選手だけではありません。
バッティング練習
平成20年11月2日、第1回岐阜県高校野球OB大会の優勝を誓い、本校グラウンドに約40名のOBが集結しました。当日は練習および紅白戦がおこなわれましたが、この練習での1コマを紹介します。トリカゴにマシンを準備し120キロのストレートに設定したところ、まず初めに70歳の馬場選手(8期)が打席に入りバッティング練習がスタートしました。900gの硬式バットが重いのか最初は空振りが目立つものの、徐々にボールに当たりだし、その後ヒット性の打球が連続して打ち込まれ、現役当時を彷彿させる姿に皆が感動しました。しかしこの話、ここで終わりません。久しぶりのバッティングで楽しそうに打席に入るOB選手たち全てに共通した行動が1つ、誰が指示した訳でもないのに初球は必ずバント、しかも失敗するともう一度バント。現役当時そのままの練習が蘇りました。