【TOPICS Vol.3】長球会(長良高等学校野球部OB会)オフィシャルサイト

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このページは長良高校野球部に関連したエピソード等、OB会員の皆様から寄せられた情報を掲載しています。こんな伝説、あんな事件…、新たな記事の情報をご提供ください。⇒記入ページからどうぞ!(別ウインドウが開きます)
野球が好きなら…
“開拓者の気魄で勉学とスポーツにあたれ”長良高校の校訓です。当然、野球部も例外ではなく、テストが欠点であれば練習に参加することが許されず、(仕方なく)勉強するという姿は、今も昔も変わらない我が野球部の伝統です。これをチャンスにレギュラーを勝ち取った選手もいれば、逆にベンチ入りできなかった選手もいます。100点を取るための勉強でなく欠点を免れるための勉強をしたり、追試のための勉強をしたり、環境整備をしたり、反省文を書いたり、誓約書を書いたり…、大好きな野球を続けるために選手はグラウンド以外でも必死に戦っています。(この話、全野球部員に当てはまる話題ではありませんが、一部のOB会員は大きくうなずいてくれることでしょう)
スクイズのサイン
「何を仕掛けてくるか分からず、一瞬たりとも気が抜けない」対戦校から見た長良高校はこんな印象でしょうか。攻撃・守備を含めると数十種類のサインプレーで相手を混乱させていた昭和の時代の実話です。当時のスクイズのサインは、監督がベンチ内の鉄柱に寄り掛かるというものでした。さて球場に到着し、プレーが始まり、ランナーが3塁に進み、さぁここでスクイズだ!と誰もが思ったその時、鉄柱がない…。この日の長良はスクイズなしで勝利しましたが、試合後に事前偵察に行っていたマネージャーがこっぴどく監督に叱られたのは言うまでもありません。
学校群制度
1974年(28期)から1982年(36期)に入学したOBは、学校群制度でおこなわれた選抜方法で長良高校に入学しました。学校群制度とは入試実施方法の一つで、岐阜・加納・岐阜北・岐山・長良の5校で「群れ」を作り、その中で学力が平均化するように合格者を振り分けるといった制度でした。学校群内各校の学力格差をなくし均等化の実現を図ろうとしましたが、新たに学校群の間に格差が生じるとともに、本人の希望に関わりなく合格者を学校群内各校に振り分けるしくみであるため、受験生が希望する高校を選択する自由は制約されるという2つの問題が生じました。なお本校は5校のうち、岐山高(2群)と岐阜高(1群)とで学校群が組まれました。
幕間のヒーロー
昭和後期の文化祭では、体育館で各クラスの発表がありましたが、発表と発表の合間になると、1年生の野球部員が登場します。歌を歌ったり、漫談をしたり、手品をしたり…、幕間を盛り上げるため、1年生は野球の練習よりも熱心に芸の練習を繰り返し、本番を迎えます。おとなしい部員が喝さいを浴びその後の野球でも積極的に変わったケースもあれば、ウケると確信して臨んだにも関わらず全校生徒にウケず落ち込む部員もいました。いずれにせよ当時の文化祭に野球部は欠かせない存在であるとともに、野球部にとってはグラウンド以外で(勉強の成績の他に)活躍する場がもう1つありました。
感謝の気持ち 61期 安藤侑子
夏の大会になると我が野球部の戦いに、吹奏楽部がスタンドから暑いなか、汗も拭かず一生懸命演奏いただいています。吹奏楽部の定期演奏会は毎年5月に開催されますが、平成22年の定期演奏会に安藤さんがメッセージと花を届け、吹奏楽部の健闘を称えるとともに、現役時代の感謝の気持ちを伝えました。この心遣いが夏大ベスト8の原動力になっていたと言ったら過言でしょうか。